モチベーション(思考法)-苦難を乗り越えるための気持ちの持ち方-
モチベーション-苦難を乗り越えるための気持ちの持ち方-
(本件についてはいろんなご意見があるとは思いますが、あえて私の考えを述べます。)
私は小さい時から叱られ慣れていないキャラです。
小・中・高・大と、クラスででも部活ででも先生から叱責を受けたことはありません。(軽くおこられることはあったと思いますが)
小学4年生の時に先生にひどく叱責され1日中ずっと廊下に立たされたことがあります。手遊びして、話を聞いていないことについて腹をたてられたようです。
小学6年生の時に勉強のできる女子に陰湿ないじめ?をうけたような記憶があります。
この2点以外は、小・中・高・大と学校で怒られたという記憶がないのです。
通っていた学校の近辺の治安が悪く不良に絡まれたりしたことはありましたが、小さいころに不安を感じたりやイライラする経験が少なかったのかもしれません。非常に打たれ弱いです。
ただ、私の顔付きや日頃の行動や言動から、「こいつなら叱っても大丈夫。」と判断されるようなのですが・・・。
叱られるととことんへこむタイプです。中学生の時に『褒めて伸ばす』との指導法が書かれた文章を読んだ際には、「これこれ!こうでなくっちゃ。」と強く期待したことを覚えています。
実行されることはありませんでしたが。
会社に入っても同じでした。配属事業部の全新入社員20数名の中でもでもあまり叱られた記憶がありません。
会社に入って10年後、私だけをとっても厳しく叱る上司がいました。
ことあるごとに「お前のことを思って」を枕詞に、実に些細なこと(私にしてみれば、ですが)を延々と叱るのです。
反論しても火に油を注ぐだけ。叱られながら、「何でこの人は僕がもう分かり切っていることを大事な時間を費やして繰り返して叱るんだろう?」などと考えていました。
それで、或る日或る事をきっかけに、この先輩が
であること
に気づきました。
それ以来私は叱られることに対して捉え方を変えました。また、叱ることを止めました。理由は3つです。
ミスした側はその理由を分かっているし、十分に反省している。それを改めて何度も言う必要はない。
別に(強い口調で、かつ大勢の前で)叱らなくても冷静に理路整然と教えれば良い。
一方通行のコミュニケーションは間違っている。双方向のコミュニケーションであるべき。以上に加え、『人の不幸の上に成り立つ自分の幸せは存在しない』が私の基本的な考え方の1つです。
他人の足を引っ張って自分が良い思いをする(自己中)、隣の部署に仕事を押し付けて自分の部を安泰にする、叱責で部下を鬱病にする、なんてことは大嫌い!
そんなことをして一瞬幸せになったところで、必ずしっぺ返しが来ると思うのです。
周りのみんながHappyになってこそ自分もHappyになれる。自分がHappyになってこそ周りのみんなをHappyにできる。そう思っています。
叱られてHappyになれる人っているでしょうか?叱る人は、自分が叱られてHappyになれたのでしょうか?
少なくとも私はそうではなかった。相手もそうだろうと思う。だから私は叱らない。
中には、叱られてHappyになられた方もいるでしょう。自分がそうだったから私は部下のことを思ってあえて叱る、と言う方も多いことでしょう。
私は、それを否定するつもりはありません。それが最初の行の( )書きと言うことです。












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